ストーリー
ルシファー
警戒する姿が闇から現れ、抑えた姿勢と淡い目が絵の緊張を集めています。
- 闇の中にうずくまる、堕ちた天使。しかも、こちらを見ている。
- 大きく見開かれた、淡い色の目。顔の中で明るいのは、そこだけだ。
- あごに手。美術館は、このポーズにロダンの『考える人』を重ねる。
- 闇を破る、明るい膝がひとつ。ほかはすべて隠れている。
- 翼はたたんだまま。飛ばない。襲わない。
- 左下に、冷たく青い炎。ほかに光はそれだけ。
- 一年後、ブルガリア公がこの絵を買った。ブルガリアの人々がシュトゥックを知っているのは、この一枚のおかげだ。
《ルシファー》は、フランツ・フォン・シュトゥックが1890年に描いた油彩画で、ソフィアのブルガリア国立美術館が所蔵しています。闇の中にうずくまった堕天使ルシファーが、手にあごをのせ、淡い色の目でこちらを見つめる姿を描いています。
シュトゥックの《ルシファー》には何が描かれているのか?
ルシファーは闇の中からゆっくりと姿を現します。体、翼、周囲の色調があまりに近いため、その輪郭を探さなければなりません。フォン・シュトゥックは、見るという行為をこの出会いの能動的な一部にします。人物を黒い背景から完全には切り離さずに見せているのです。
淡い色の目が、最も明確な接点となります。体の大部分はまだ読み取りにくいのに、視線は描かれた空間の外へ向けられているようです。私たちはその姿を観察し、今度は自分が見られていると感じます。
ルシファーはなぜこちらを見つめているのか?
縮こまった姿勢に緊張が集まっています。手足は体の近くに収まり、顔に当てた手が、陰鬱に思いを巡らすような不動の印象を与えます。画家は動作を演出するのではなく、姿勢に心の状態を暗示させています。
翼は大きく広がって力を誇示してはいません。その暗い形は周囲の影に近く、人物の力は抑え込まれているように感じられます。飛翔の可能性と動かない姿勢の対比が、静止をいっそう強烈にしています。
あの視線は、対になる絵の片割れとして生まれました。シュトゥックは1889年に《楽園の番人》を描き、翌1890年にこの《ルシファー》を描きました。シュトゥック自身がこの絵をもとに制作したエッチングを所蔵する横浜美術館は、《ルシファー》を《楽園の番人》の対作品と説明しています。ブルガリア国立美術館によれば、この二点がシュトゥックに世界的な名声をもたらしました。横浜美術館は、ルシファーが眉をひそめ、白い目を大きく見開いて鑑賞者を見つめていると記し、その姿勢はロダンの《考える人》に着想を得たようだとも述べています。だとすれば、この堕天使は襲いかかろうとしているのではなく、考え込みながら、私たちに気づいたのかもしれません。 (Yokohama Museum of Art)
シュトゥックは《ルシファー》をどう組み立てたのか?
手と顔はともに働きながらも、一つの説明を与えません。姿勢に集中、恨み、あるいは疲労を読み取るかもしれません。それらは画面が誘う可能性であって、絵が私たちに代わって断定できる思考ではありません。
左下の縁近くにある小さな青い光が、闇により冷たい色をもたらします。そのかすかな光は、顔へ戻る前に目を向ける別の場所を与えます。画布の明るい部分がごく少ないからこそ、対比は強く響きます。
描かれたあと、《ルシファー》には何が起きたのか?
1890年に描かれた《ルシファー》は、神話と心理的な暗示に対するフォン・シュトゥックの象徴主義的な関心に属します。名を示された主題が出発点となり、光、体の緊張、執拗な視線が、この絵を見る体験を作り出します。
買い手はすぐに現れました。ブルガリア国立美術館によれば、制作の翌年、ミュンヘンを訪れたブルガリア公フェルディナントがこの絵を購入しました。同館は、シュトゥックがブルガリアの一般の人々に親しまれているのは、この《ルシファー》があるからだと紹介しています。ミュンヘン分離派の創設者の一人でもあるシュトゥックは、象徴主義を代表する画家になりました。2024年、同館は展覧会「光と闇のあいだ」で、ミュンヘンのヴィラ・シュトゥックの外ではめったに展示されない《楽園の番人》と《ルシファー》を再び並べ、同館の言葉を借りれば、二枚は劇的な対話を再開したのです。 (ブルガリア国立美術館(ソフィア))
ここには進行する戦闘も劇的な逃走もありません。力は、一人の警戒する人物との出会いにとどまっています。画布全体へ戻ると、闇は以前ほど空虚には感じられません。画家がその中にどれほどの表情を保てるかを、私たちは知ったのです。
シュトゥック《ルシファー》をもっと深く:怖いと言われる理由・その後・まとめ
作品プロフィール
- 作品名:ルシファー
- 作者:フランツ・フォン・シュトゥック
- 制作年:1890
- 技法:油彩・カンヴァス
- サイズ:178 × 169 cm
- 所蔵:ブルガリア国立美術館(ソフィア)
《ルシファー》はなぜ怖いのか? 闇から見つめる目と、対になる天使
画面のほとんどは闇です。目が慣れてくると、そこに翼をもつ人物がうずくまっているのがわかります。手にあごをのせ、身を縮めた堕天使ルシファー。そして気づいたときには、その目がもう、まっすぐこちらを見ています。この絵の怖さは、何かが起きる場面にあるのではありません。見つめ返される、という一点にあるのです。
この視線には、対になる相手がいました。シュトゥックは1889年に《楽園の番人》(Wächter des Paradieses)を描き、翌1890年にこの《ルシファー》を描きました。横浜美術館は、《ルシファー》を《楽園の番人》の対作品と説明しています。ブルガリア国立美術館によれば、この二点こそがシュトゥックに世界的な名声をもたらしました。楽園を守る者と、天から堕ちた者。二枚は、一組として見られることを前提にした絵だったのです。
横浜美術館は、ルシファーが眉をひそめ、白い目を大きく見開いて鑑賞者を見つめていると記しています。そのうえで、この姿勢はロダンの有名な彫刻《考える人》に着想を得たようだ、とも述べています。そう知ってから見直すと、顔に当てた手も、縮こまった手足も、怒りの身ぶりというより、深く考え込む人のかたちに見えてきます。
では、彼は何を考えているのでしょうか。絵は答えを書いていません。集中、恨み、あるいは疲労。読み取れるのは可能性だけです。襲いかかってくるわけでもなく、ただ闇の中から、考え込むように見つめてくるのです。その「何もしない」ことこそが、この絵をいちばん不気味にしているのかもしれません。
出典:inventory.yokohama.art.museum、nationalgallery.bg
その後の《ルシファー》:ブルガリア公の購入から、対の絵との再会へ
《ルシファー》が画家の手元にとどまった時間は長くありませんでした。ブルガリア国立美術館によれば、制作の翌年、ミュンヘンを訪れたブルガリア公フェルディナントがこの絵を購入しています。こうしてドイツ象徴主義を代表する一枚は、ブルガリア公の手に渡りました。
同館は、シュトゥックがブルガリアの一般の人々に親しまれているのは、この《ルシファー》があるからだと紹介しています。シュトゥックは象徴主義を代表する画家の一人で、のちのウィーン分離派に先立つミュンヘン分離派の創設者の一人でもありました。
2024年には、国立美術館の展示館クヴァドラト500で、展覧会「フランツ・フォン・シュトゥック:光と闇のあいだ」が開かれました。ミュンヘンのヴィラ・シュトゥック美術館から12点が貸し出され、ふだんはヴィラ・シュトゥックの外でめったに展示されない《楽園の番人》もやって来ました。対になる二枚は同じ展示室で再会し、同館の言葉を借りれば、劇的な対話を再開したのです。
日本でも、この姿に出会う手がかりがあります。横浜美術館は、シュトゥック自身が《ルシファー》をもとに制作したエッチング《ルシファー(魔王)》を所蔵しています。
出典:nationalgallery.bg、bta.bg、inventory.yokohama.art.museum
まとめ:闇の中で、見ているのはどちらか
《ルシファー》には、天の戦いも、墜落の瞬間も描かれていません。あるのは、闇と、うずくまる体と、こちらを見つめる目だけです。それでもこの絵が怖いのは、見ているつもりの私たちが、いつのまにか見られる側に回ってしまうからでしょう。
次にこの絵を見るときは、まず目を合わせ、それから左下の小さな青い光へ視線を移してみてください。画面の暗さが、ただの空白ではなく、画家が表情を沈めておくための場所のように見えてくるかもしれません。
細部をひと目で
出典と参考資料
- ルシファー — ブルガリア国立美術館(ソフィア)
- 画家の生涯: フランツ・フォン・シュトゥック (ウィキペディア(英語))
- ルシファー (ウィキペディア(英語))